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赤山禅院 本殿

京都の表鬼門を護る

794年に開かれた平安京は、もともと「青龍・白虎・朱雀・玄武」の「四神相応」で知られるように、方位を大切にして創られた都でした。
平安時代、陰陽道(おんみょうどう)が、朝廷をはじめ民衆にまで広く信仰されるようになりました。陰陽道では北と西は陰、東と南は陽とされます。その境目である東北と西南は、陰陽が反転するところで、鬼が出入りする忌むべき方角とされ、東北は表鬼門、西南は裏鬼門と呼ばれます。
赤山禅院は、皇城の東北に位置し、また本尊の赤山大明神(泰山府君)が陰陽道の祖神(おやがみ)とされることから、表鬼門を守護する方除けのお寺として信仰されるようになりました。 『歴代皇記』には、弘長元年(1261年)から、赤山権現祭が官祭として行われるようになったとあり、『太平記』には後醍醐天皇を守護する存在として赤山大明神の記述があります。 信仰は民間にも拡がり、赤山大明神のお札を持ち帰って家に貼ると鬼門除けになると言われるようになりました。


鬼門除けの猿
表鬼門を守護するしるしとして、赤山禅院の拝殿の屋根には、鬼門除けの猿が置かれています。
猿(申)は、鬼門とは反対の方角である西南西を指すことから、邪気を払う力があるとされます。金網の中にいるのは、かつて夜になると暴れだし、いたずらを繰り返したため閉じこめたのだと言われています。
ちなみに、京都御所の東北の角にある猿ヶ辻や、滋賀県大津市の日吉大社にも鬼門除けの猿が置かれていることが知られています。